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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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旧・戸来村

                               青森県キリシタン関連地

キリシタン殉教者一家の出身地


キリシタン時代に殉教者を出した村。

現在は新郷村となっていますが、以前は戸来(へらい)村といわれていた村は、キリスト伝説の地ですが、それとは全く関係なく、1600年代にこの村出身のキリシタンがおり、1630年代には一家で殉教しています。


旧・戸来村

旧・戸来村


戸来村が江戸時代には南部領であったことに気づき、南部藩のキリシタン関係資料を調べたところ、この村出身の者と見られる一家の名前が記録に残っていました。

1635年の「南部領内きりしたん宗旨改人数之覚」には、捕縛され入牢した者の中に、「一、戸来次郎左衛門 侍 遠山道安弟子、同女房、同男子七人、同女子二人、同嫁一人」という記載があります。

南部家の家臣であった戸来次郎左衛門は戸来村の出身者とみられ、同じく南部家に仕えていた遠山道安(1636年に処刑されている)に伝道されたことがわかります。

この一家については、1636年4月30日の「きりしたん妻子御成敗之目録」の処刑者リストの中に、「戸来次郎左衛門女房(七十歳)、戸来孫四郎女房(三十八歳)、同長女(十二歳)、同次女(九歳)、同長男(十歳)、同次男(七歳)、同三男(三歳)」とあるので、この7人はキリシタンとして殉教しています。

これに先立つこと1636年3月25日の「きりしたん妻子御成敗之目録」の中には戸主の名前はないものの「戸来孫四郎」の名があるので、戸主である戸来次郎左衛門を除く8人は殉教したことが明らかなのですが、戸来次郎左衛門は転んだらしく、処刑されたかどうか不明です。

キリスト伝説とは時代も内容も違うので、全く関係のないことですが、キリシタン殉教者を出した村にそのような伝説が生じたことが不思議です。直木賞作家の長部日出雄(おさべ ひでお)は、竹内臣麿は「切支丹風土記」に抄録された上記の記録を見て、「キリスト戸来終焉説」を誕生させたのではないかと推測しています。


旧・戸来村
旧・戸来村
旧・戸来村
旧・戸来村
新郷村観光案内所
新郷村観光案内所
国道記念碑
国道昇格記念碑
新郷村観光案内
新郷村観光案内



 
現地への行き方
住所は三戸郡新郷村大字戸来です。


この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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