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碇ヶ関関所跡

                               青森県キリシタン関連史跡

キリシタンも藩主も通って行った


津軽藩の国境にあった関所跡。

碇ヶ関関所は津軽藩と久保田藩の国境にあった関所で、津軽三関の一つと数えられていました。参勤交代で江戸に向う際、藩主が宿泊する本陣が備えられており、藩の威厳を表すべく立派に建てられていました。


碇ヶ関関所跡

碇ヶ関関所跡


関所を設け、「碇ヶ関」と命名したのは初代藩主 津軽為信。

幕府の巡検使に随行した人の記録に「厳重なること箱根の関所も及ばない」と記されているほど、関所を通る者への取り調べは厳しいものだったようです。

1621年に、聖年を告げるため津軽国へと行ったマルチノ式見神父も、碇ヶ関と大間越番所の取締りが非常に厳しかったと書いています。


碇ヶ関関所跡
碇ヶ関関所跡高麗門

巨木

高麗門解説

碇ヶ関関所展示
碇ヶ関関所跡
碇ヶ関関所解説
碇ヶ関関所
碇ヶ関関所展示
碇ヶ関関所
碇ヶ関関所展示
碇ヶ関関所
碇ヶ関関所再現
碇ヶ関関所
碇ヶ関関所展示
碇ヶ関関所
碇ヶ関関所展示

碇ヶ関関所跡

碇ヶ関関所跡


復元された面番所や高麗門は道の駅「いかりがせき」にあるのですが、実際に当時関所があったのは、少し離れた場所です。

1643年以降、領内で捕らえられたキリシタンは江戸の牢に送られたのですが、その際にも碇ヶ関関所を通って行ったと考えられます。

番所の牢で夜を明かし、江戸へと向って行ったのではないでしょうか。津軽から江戸まではおよそ184里ありました。


碇ヶ関関所跡
碇ヶ関関所跡
碇ヶ関関所跡
碇ヶ関関所跡
碇ヶ関関所跡
碇ヶ関関所跡解説板



 
現地への行き方
道の駅「いかりがせき」の住所は平川市碇ヶ関碇石13-1です。


この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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