本文へスキップ

キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

トップページ > 史跡案内 > 青森 > 津軽藩刑場跡

津軽藩刑場跡

                               青森県殉教地

弘前市内にあるキリシタン殉教地


禁教下にキリシタンが処刑された刑場の跡。

津軽藩では、全国にキリスト教禁令が発布された1614年の3年後から、キリシタンの捕縛と処刑が行われるようになりました。少人数の場合は 博労町にあった牢で斬首しましたが、それ以外の場合は駒越の渡し場付近にあった刑場で行いました。


駒越の渡し場跡 津軽藩刑場

津軽藩刑場跡


津軽藩では多人数の時と、火刑、磔刑の場合にこちらの刑場を使っていました。

場所は弘前城の北西で大浦城跡へと抜ける鯵ヶ沢街道沿いの駒越の渡し場の付近。岩木川の河畔でした。

博労町牢から引き出されたキリシタンは、市中引き回しの上、この刑場に連れてこられ処刑されました。



ここで処刑されたとみられるキリシタン


  • 1617年8月4日、流人で京の医師マチヤス休庵と妻アンナ、レオ土手と妻マリア、レオ重助、ミカエル仁兵衛の6人が処刑されました。
  • 1926年、名前のわからない5人が斬首されました。
  • 1638年、名前のわからない73人が処刑されました。

駒越の渡し場跡
駒越の渡し場跡
駒越の渡し場跡
駒越の渡し場跡



 
現地への行き方
JR弘前駅から車で15分。岩木川にかかる岩木橋周辺の河原です。


この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

インフォメーション
《本サイト内の関連ページ》
《本サイト以外のサイト》


                                         NEXT >>